Appleの保有する余剰資金2000億ドルとレパトリ減税

トランプ政権の税制改正の目玉として、レパトリ(資金還流)減税法案があります。

レパトリ減税法案とは、米国企業が海外で保有している現金を米国に持ち帰る時にかかる税金を、1度限り通常の35%から10%〜15%程度に減税するという法案です。

 

この法案で最も影響を受ける企業の一つであるのがAppleティッカーシンボル:AAPL)です。Appleは2000億ドル(20兆円)もの莫大な現金及びすぐに換金可能な有価証券(Marketable Securities)を保有しており、その大半が海外で保有されています。

20兆円あれば世界中のほとんどの企業を買収できますが、下手な買収をしても資本効率を下げるだけです。Appleはこんなに大量の現金を持っていても仕方ないが、持ち帰ろうにも多額の税金を取られるので、仕方なく有価証券で運用しているのです。減税により米国に持ち帰られば、多くが株主還元に回るとの予測により話題となっているのです。

 

【警告】アップルの米国外資金は多分戻ってこないぞ! | Grow Rich Slowly シーゲル流米国株投資で億万長者になる!

ところで、上記リンクにて会計士の方がAppleが持つ1700億ドルのMarketable Securitiesはベンチャー企業投資有価証券であると述べておられますが、これは完全に間違いです。

 

Marketable Securitiesとはその名の通り、市場で取引される証券のことで、ソブリン債社債、上場の普通株式優先株等を指す幅広い言葉です。市場で取引されるため換金性が高く、現預金に性質が近いものとして扱われます。非上場のベンチャー企業の株式はそもそも、Marketable Securitiesではありません。

https://g.foolcdn.com/editorial/images/211463/marketable-securities-on-apples-balance-sheet_pUjo1AY_large.png

 

What Are Marketable Securities? — The Motley Fool

 

Motley FoolによるMarketable Securitiesの内訳です。社債が1160億ドルと大部分を占め、米国債が次点です。これらの債券は市場で活発に売買されているため、満期を迎える前に換金することができます。したがって満期までの期間により形式的に固定資産に分類されていますが、実質的には現預金同等物とみなしてよいものです。

 

また補足しておくと、米国会計基準(US-GAAP )においては、有価証券は決算において公正価値で測定し、簿価と公正価値の差額は損益に計上する(FVTPL)ように定められています。

日本会計基準(J-GAAP)では関連会社株式は基本的に時価評価しません。IFRSではその他包括利益を通して公正価値の変動を認識する(FVOCI)も認められていますが、時価主義の強いUS-GAAPではPLで認識する必要があります。

 

したがって、もし本当にAppleが1700億ドルのベンチャー企業の株を持っていたとしたら、(この金額はソフトバンクサウジアラビアと組んで1000億ドル規模のファンドを立ち上げる時に、世界のベンチャーキャピタルを全て合計した規模は数百億ドルと言っていたように、とてつもない規模なのですが)決算ごとに変動する公正価値がAppleの損益の大部分となるため、決算発表会はiPhoneの売上よりも(ソフトバンクのように)保有する会社の公正価値の話で持ちきりになるでしょう。シンプルを愛するジョブズが嫌うのは間違いありませんね。

 

さて、Appleが運用するMarketable Securities(社債米国債)の利回りは、平均するとAppleが発行する社債利回りと同じくらい(ざっくり3%台)でしょうか。

Appleの株主資本コストはざっくり計算して、リスクフリーレート2%にダウの平均成長率8%を足して10%くらいだと思います。D/E ratioが大体35:65なのでWACC(加重平均資本コスト)は7%ちょいでしょうか。

Marketable Securitiesの利回りがWACCより低いので、2000億ドルの資金を海外に積んでいる行為は株主価値を毀損していることになります。これがレパトリ減税税制改正によって改善される可能性があるので、株価が上がっているわけですね。

 

ただし、レパトリ減税はドル高を招きます。なぜなら、ドル以外の通貨で海外で保有しているのを、ドルに両替して米国に持ち帰るわけですから、実需でドルが高くなります。

ドル高はAppleにとって二つの意味で減益要因です。すなわち、海外での売上高がドルベースで目減りするという意味と、研究開発コストの大部分が本社のあるカリフォルニアで発生し、そのコストはドルで払われるため、コスト高に繋がるという意味です。

 

したがって、レパトリ減税Appleにとって、プラスの面とマイナスの面があります。

Appleはドル高に懸念を示しており、国境税調整に反対しています。

The End of Accounting:投資家にとって有用な指標とは

会計についての話をします。

 

MBAの名門であるニューヨーク大学スターンスクールの教授が、 The End of Accountingという本を書きました。この「会計の終わり」という刺激的な題名の本で著者は、従来の開示が投資家の判断に対してもたらす有用性が薄くなっていると主張しています。

英語の割と分厚い本ですが暇だったので読みました(飛ばし読みですが)

The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers (Wiley Finance)

The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers (Wiley Finance)

 

著者が挙げている例として、 ネットフリックスの売上が前期比15%増、購読者の伸び率は前期比15%減になったとします。株価は決算発表翌日に大幅下落しました。

売上高や利益といった指標を報告する従来の制度化された開示では、株価が決算発表を受けて上がるのか下がるのか投資家が判断することが困難になっています。

著者は、売上計上基準だけで700ページもの記述がある現状の米国会計基準は木偶の坊で意味が薄いため、財務会計基準審議会はこれの検討に作業量を割くのではなく、投資判断に有効なように会計基準を根本的に改革すべきだと主張します。具体的には、

 

・無形固定資産は今や企業の資産の中で最も重要である。無形固定資産を戦略的リソースとしてもっと詳細に開示すべき。例えばヘルスケア企業のパイプラインや、エネルギー企業の確認埋蔵量や、エンターテイメント企業や投資会社の有能なマネージャーなどなど。

・R&Dとひとかたまりにしているが、長期的な成果があるReserchと短期的な改善であるDevelopmentは全くの別物なので、どのような目的の投資なのか、より詳細に開示すべき。

キャッシュフローはフリーではなく資本コストがかかるので、資本コスト控除後の残余キャッシュフローも開示すべき。

等々といった改善案を挙げています。

 

私は筆者の考えに概ね同意します。

米国の一流企業の開示を見ていると、どこも筆者が挙げているような戦略的リソースについて投資家説明資料で公表していますが、一般的に決められた基準ではないため比較困難です。Non-GAAPGAAPの利益が全く異なる会社もあり(Twitterとか)実態を投資家が容易にわかるようにはなっていません。

 

また、この問題は米国に限ったことではありません。日本では無形固定資産に対する扱いが米国よりも粗雑だと思います。J-GAAPには無形固定資産の定義や認識要件についての包括的基準がありません。

 

資本コストを開示資料に含めることには議論の余地があります。資本コストをどのように算定するかには多くの恣意性があります。計算の前提となる負債や純資産は簿価ベースでしょうか、時価ベースでしょうか?どのように計算しても恣意性が入るのだから、開示資料には入れずに投資家が自分で計算すれば良いのでは、とも思います。

 

「会計の終わり」という挑戦的な題名ですが、内容は企業経営者や投資家に従来の開示の意義を問う、建設的な本でした。

 

おまけで、本の内容と少し関連しますが、僕が無意味だと思うファンダメンタル指標について。

PBR:資産の簿価は企業価値の実態を表してません。従って、PBRが何倍だから割高とかいうことには意味がありません。資産の簿価と時価がほぼ一致するのは現預金と売掛金、投資有価証券くらいのもので、それらは企業価値にとって一般的に重要な資産ではありません。

 

PSR:売上高は本質的に企業価値を表してません。殆ど同一のビジネスを行なっているならPSRを比較することに多少の意味がありますが、S&P500の平均PSRが過去最高だから米国株は割高だ、といった主張は完全に馬鹿げています。

 

あと、EBITDAは無意味ではありませんが使い方が難しい指標です。

EBITDAについてはちょっと詳細に書きたいことがあるので、次回にしたいと思います。

ヤフー2Q決算の「企業結合に伴う再測定益」とは何か?

ウェブポータル大手のヤフーが2Q決算を発表しました。純利益が48%増益、

売上高1,382億円に対して営業利益は1,027億円と、営業利益率は驚異の74%(!)という数字になっています。

 

kabutan.jp

 

プレゼンテーション資料をよく読むと分かるのですが、増益理由の大半はアスクルの連結子会社化に伴い発生した「企業結合に伴う再測定益」 の影響です。

 

http://i.yimg.jp/i/docs/ir/archives/present/2015/jp1030present-all.pdf

 

「企業結合に伴う再測定益」とは何かというと、関係会社株式は取得時の価格で帳簿に資産として計上されるのですが、関係会社株式を買い増しして当関係会社の支配を獲得し、連結子会社とした場合は、支配獲得日の時価で保有している関係会社株式を再測定し、差額が当期の損益となるのですね。

 

www.pwc.com

 

ヤフーは2012年にアスクルの第三者割り当て増資を受け、42%の持分を有していましたので、持分を支配獲得日の時価で再測定した際の含み益が、この2Qで計上されたということになります。

 

この「企業結合に伴う再測定益」が596億円計上されていますので、

再測定益を除くと、ヤフーの営業利益は14/2Q 460億円→15/2Q 431億円と減少しています。

 

このように投資判断に大きな影響を与える「企業結合に伴う再測定益」ですが、再測定益を除く前期比較の表は、プレゼンテーション資料に全く載っていないのですね。

 

見栄えのよい数字だけを表にする手法も、「企業結合に伴う再測定益」を使い決算をドレスアップする手法も、ソフトバンクグループお得意のものです。

 

ソフトバンクは以前、ガンホーウィルコムの取得において「企業結合に伴う再測定益」を使い決算をドレスアップする手法を用いていました。

 

www.openpower.jp

 

ヤフーの15/2Q決算は、さほど悪いものだとは思いませんが、会計上の知識を有していないと、投資判断を著しく誤認する可能性があるので、気をつけましょう。

 

 

出世したけりゃ 会計・財務は一緒に学べ! (光文社新書)

出世したけりゃ 会計・財務は一緒に学べ! (光文社新書)